2月22日(日曜日)

昨夜レイトショーで“誰も守ってくれない”を鑑賞。公開から一ヶ月近く経っている上に、23:50からのレイトショーなので、客は僕を入れて4人。しかもプレミアムスクリーンでの上映でした。ゆったりしすぎです。

犯罪者の家族を保護する警察の立場というか、仕事を描いた映画だけど、なかなか良かったね。こういう側面から観たものってあまり世の中には出てこなかった。去年観た“休暇”という作品は死刑を題材にしていたが、あれも今までとは反対の立場から観た作品だ。

警察が犯罪者の家族を保護するという仕事は実際にあるらしい。(あって当然だと思うが)ところが警察はこれを公にしていないという。僕はえっ?と思ったけど、映画を観ていくうちに世の中はそう言う空気なのかな?とも思った。この映画では、犯罪者の家族を警察が守ることを世間は非難している。そして築地とおぼしき大手新聞記者は「世間は家族にも罪を償ってもらいたいと思っている」ってな内容の台詞を言っていたな。この築地的大手新聞社の記者を佐々木蔵之介が演じているが、いいぞ!!そしてこの世の中の空気の描き方こそ、俺と世間のズレだと思ったのである。

個人主義だ、自己責任だと言われて久しいが、結局はそういうことなのか?主人公の犯罪者の妹の“カレシ”が「犯罪者の家族となんか付き合えるかよ」ってな、まるで家族まで犯罪者扱いしているような台詞があったが、こういうのって普通の感覚なのかな?自分だったらどうであろうか?

仮に親しい人間の家族(もしくは本人でも良い)が犯罪を起こしたとしよう。それも大きくニュースに取り上げられるような犯罪だ。連絡も取りにくくなるだろうし、取れたとしてもどうやって声をかけて良いかも解らない。でもこういう時に役に立つのが、友達では無かろうか?ちょっとクサイ言い方になってしまったけど、そういうもんだと思う。そして、その犯罪を犯した人間と知り合いだと言うことが僕の周りでわかって、僕のことを遠ざけるようなやつがいたら、そいつを見切ればいい。

また、僕もしくは僕の身内が犯罪者になったときにはどうか?きっとこの“誰も守ってくれない”に描かれた犯人の妹のようにメチャクチャやられることでしょう。

思った以上に考えさせられる作品でありました。感情を表に出すかはどうか別にして、この映画に描かれていた“野次馬的な世間”は思った以上に大多数なのでしょうね。

暗くなる前に、街を散策しようかと思ったけどキャンセル。午前中にファミレスでまったりと過ごし、BXを軽く洗車した。

休日のファミレスのカウンターってのが好きです。今日行ったところは、カウンターが喫煙席になっている。嫌煙家の私だけど、お構いなく座る。一番奥に大きなヘッドフォンをして、ノートパソコンに向かっている男性が一人。僕は一番手前に陣取り、ASPIRE oneでモバイルしながら日記何ぞを書いている。コーヒーはジャンジャンそそがれるし、適度な雑音が気持ち良いのである。作家先生が喫茶店で仕事をする気持ちが、わからなくもない。

そして今度は真ん中に初老の男性が陣取る。常連さんらしい。従業員がそれと解る対応をしているのでそう思った。和風のメニューを注文して、食べ終わると気持ち良さそうにタバコをふかして、スポーツ新聞を読んでいる。そしてそのタバコの吸い方が自然だ。家で迫害されているタバコ吸いなのか?それとも肩身の狭くなった愛煙家を楽しんでいるのか?よく解らんけど、あんなに自然に吸っている人を久しぶりに見たな。

会社の車庫でBXを軽く洗車。スチームで吹いただけの洗車です。本当に乗る機会が少なくなったけど、手放したくない。こんなに不景気じゃ、いつまで維持できるか解らない。でも乗るたびに、まだこのクルマに飽きていないと感じるのです。こればっかりはしょうがないよね。

明日はゆっくり目のスタートです。

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